オートガイネフィリア(AG)

1989年にカナダの性科学者レイ・ブランシャール(Ray Blanchard)が提唱した概念。「自分が女性化することへの性的興奮」を動機とする性的興奮パターンを指す。略称はAG(Autogynephilia)。日本語訳は「自己女性化愛好症」「自己女性化偏愛性倒錯症」。

ブランシャールはMtFトランス女性を「男性に惹かれる同性愛型」と「それ以外(AG)」の二類型に分け、後者の動機を性的倒錯と位置づけた。この枠組みでは、MtFレズビアンや両性愛・無性愛のトランス女性は定義上AGに分類される。カナダ人権裁判所(2001年)など法的文書にも引用され、広く流通した。

しかしこの概念には根本的な批判がある。最大の問題は**非対称性**だ。シス女性が自分の女性性に親しみや誇りを感じることは「倒錯」と呼ばれないのに、トランス女性の同様の感覚だけを病理化する。これはトランス女性を「本物の女性」として認めないことを前提にしなければ成立しない論理である。トランス理論家のジュリア・セラーノ(Julia Serano)はこの非対称性を「性差別とトランス嫌悪の組み合わせ」として批判した。研究方法論上の問題(ジェンダークリニック受診者のみを対象とした自己選択バイアス)も指摘されている。

現在、DSM-5もICD-11もブランシャールの二類型論を採用しておらず、トランスであること自体は精神疾患に分類されない。AGという概念は歴史的経緯として理解されるべきであり、現在のトランスジェンダーの自己認識を記述する枠組みとしては機能しない。

→ トランスジェンダー、性同一性、ジュリア・セラーノ

**参考文献**

– Blanchard, R. (1989). “The concept of autogynephilia and the typology of male gender dysphoria.” *Journal of Nervous and Mental Disease*, 177(10), 616–623.

– Serano, J. (2007). *Whipping Girl: A Transsexual Woman on Sexism and the Scapegoating of Femininity*. Seal Press.

– Julia Serano, “The Case Against Autogynephilia” (2010). *International Journal of Transgenderism*, 12(3), 176–187.

– American Psychiatric Association. (2013). *Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders* (5th ed.).

– World Health Organization. (2019). *ICD-11*.